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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)3999号 判決

原告 仲頼一

右訴訟代理人弁護士 黒田喜蔵

右同 黒田登喜彦

被告 大阪トヨベット株式会社

右代表者代表取締役 大西四郎

右訴訟代理人弁護士 野上精一

右復代理人弁護士 若江三郎

右訴訟代理人弁護士 吉田一雄

主文

一、被告は原告に対し金一〇万円およびこれに対する昭和四二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告のその余を被告の各負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金五〇万円およびこれに対する昭和四二年七月二〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、被告は、訴外仲義己に対する大阪法務局所属公証人大嶋京一郎作成の第二〇七三九三号債務履行に関する契約公正証書の執行力ある正本に基いて昭和四二年七月一八日、原告方で別紙目録記載の動産を差押えた。

二、前記公正証書には、訴外仲義己の住所が大阪市大正区三軒家町三丁目五四番地と記載されており、原告の住所が同区泉尾上通四丁目三二番地であるから、右動産が訴外仲義己の所有に属するものではなく原告の所有であることが明白であり、また右執行のさい、原告並びにその息子仲正らがその旨告げて執行を拒否したのにかかわらず、右執行に立会った被告の従業員は、敢えて執行官岡本照雄に指示して前記押差をなさしめた。

三、原告は大正一一年ごろから前記泉尾上通四丁目に居住し、木材の製材業を営んでいるものであるが、原告ら家族が前記差押を拒み口論していたことを近所の人達は知っており、また、得意先である材木店に差押されたことを知れわたって、被告の従業員による前記違法差押により、原告は名誉および商取引上の信用を著しく毀損された。その損害を金銭に見積れば金五〇万円をもって相当とし、被告は原告に対し、民法第七一五条による使用者責任として右慰藉料金五〇万円を賠償する義務がある。

四、よって原告は被告に対し右慰藉料金五〇万円およびこれに対する不法行為後である昭和四二年七月二〇日から支払に済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める

と陳述した。

被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として請求原因第一項は認める。同第二項は否認する。同第三項は争う。被告の従業員は、本件執行に先立ち、訴外仲義己の住所に赴き同人不在であったので、その後、右義己の父親である原告に対し、再三、義己の居住する場所を尋ねたが、そのつど原告から義己の居らない所を教えられたり、「借金取りは来るな。」と怒鳴られ追い返された。このようなことがあったので被告は原告が義己との同居を隠蔽しているものと考え、同人の動産を差押えるべく岡本執行官を原告方に案内したのである。そして、右執行に臨み、同執行官が原告に本件執行の趣旨を説明したさい、原告は、義己が原告方に居ないと陳述するばかりでその行先を答えず、しかも義己を三日以内に被告方へ行かせることを条件に本件差押を承認したので、同執行官は本件差押をなした。したがって本件差押執行は手続上なんらの違法がなく、執行官の専権に属する本件執行につき被告がこれに干渉したことの事実もないから、被告に対する不法行為が成立しない。また原告の名誉や信用を毀損することがなかったから損害も発生しない

と述べた。

立証≪省略≫

理由

一、被告が訴外仲義己に対する原告主張の債務名義に基いて昭和四二年七月一八日、原告方で別紙目録記載の動産を差押えたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すれば、前記仲義己は原告の長男であるが、昭和三九年ごろから大阪市大正区泉尾上通四丁目三二番地製材業原告方の許を離れて妻子とともに同区三軒家三丁目五四番地仲義己所有の家屋に居住し、材木仲介業を営んでいるものであり、右仲義己方と原告方各家屋とは徒歩一五分程かかる程距離があること、被告は、昭和四二年六月ごろ仲義己に対し前記債務名義にもとづき、金約四八万円の自動車売掛保証債権を有するに至り、右債権回収の実行を被告の従業員豊田房一に命じたこと、そこで豊田房一は、本件執行前、前記三軒家の仲義己方に二回にわたり赴いたが、いずれも同人と会えず、その間近隣の人から原告の住所を聞いて原告と会ったけれども、義己の所在が分らず、しかも原告から「借金取りは来るな」といわれる始末であったので、義己が原告方に居住しているものと即断し、前記債務名義には仲義己の住所が前記三軒家と記載されており、また、泉尾上通の原告家屋には原告の表札だけが掲げられているのにかかわらず、同年七月一八日執行官岡本照雄、松川雄次法律事務所事務員小田忠彦らを前記泉尾上通の原告方に案内し、仲義己の動産として差押えるべき物件を指示したこと、本件執行のさい、折柄原告方には原告の妻仲としゑが居合せ、岡本執行官が同女に執行で来た旨を告げたが、同女は他の業者が来たものと感違いして一向要領を得ず、ために岡本執行官は、原告方から原告の製材工場(義己方の近所)に電話をかけて原告に執行に来たから帰ってくるよう要請したこと、これに対し原告は「得意もあるし帰るわけにいかん。そこにある物はみんなわしの物だ、義己の物はない。義己の居所は分らんが、明日までに探して面会をさせる。」旨述べて右執行に激しく抗議をし、右電話での抗議はその場に居た豊田房一らにも了知できたこと、しかも、前記仲としゑも義己の物はない旨豊田らに述べたが、岡本執行官、豊田房一らはこれに取合わず、原告の所有に属する別紙目録記載の物件につき義己の動産として強制執行を遂行したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によれば、前記差押えた物件は執行債務者である仲義己の所有でなく、原告の所有であること、そして、右物件が原告の所有であることが被告従業員豊田房一において債務名義に記載された義己の住所と原告の住所と違っている点等に徴し容易に知り得たのにかかわらず、右豊田は、岡本執行官を原告方に案内し、原告およびその妻仲としゑが原告の所有であることを理由に差押を拒絶しているのに、なお同執行官に差押物件を指示して本件差押を慫慂させたものであるから、違法な本件差押につき豊田に責むべき過失があり、同人の右過失により原告の差押物件に対する所有権を侵害したのみならず、差押という公然たる行為により原告の名誉等を傷つけたものであるから、豊田の使用者である被告は、原告の蒙った精神的損害につきその賠償責任があるといわなければならない。

もっとも執行官は職権をもって差押物件の選択をなすべく、その執行につき債権者等の指示に従う義務を負わないが、執行債権者と雖もその権利実現に当っては他人の権利を侵害しないよう留意すべきであり、苟も被告側において前示過失により原告の所有権を侵害した以上、差押物の選択が執行官に属するという一事をもって、被告は前記損害賠償責任を免れることができない。また、被告は本件強制執行にさいし原告は執行官に対し仲義己を三日以内に被告方に行かせることを条件に本件差押を承認した旨主張し、なるほど前記乙第一号証中にはそれに副う記載がなされているが、≪証拠省略≫によれば、原告が右のような承認をしたことがなく、かえって本件差押に抗議したことが認められるから、乙第一号証の前記記載は措信できず、被告の右主張は採用し得ない。なお、被告の従業員豊田房一が原告方に仲義己が居住しているものと信じたいきさつは前認定のとおりであるが、仲義己方に二度訪れたのにいずれも同人不在であったとか、その父である原告から義己の所在を明らかにされず、追い返されたとかいうだけでは、義己が原告と同居し、原告方にある物件が義己の所有であると信ずるにつき正当な理由を備えたものといえず、豊田の前記誤信は軽卒というほかはない。

三、よって進んで、原告主張の慰藉額を検討してみる。

≪証拠省略≫によれば、原告は本件執行当時老妻仲よしゑと二男仲正の三人暮しで製材業を営み、その営業は、従業員三名を使い、月収七、八万円あり、これまで他から差押を受けたことがなかったこと、本件差押物は時価合計一万八、二〇〇円であるが、二二点に及ぶ家材道具であること、仲よしゑは本件差押後近所の者から「何かあったのか」と尋ねられていることが認められ、一方≪証拠省略≫によれば、本件差押が原告の得意先に知れなかったため、原告の前記営業成績は本件差押によって別段の影響を受けなかったこと、被告は本件差押から五日後の昭和四二年七月二二日本件差押を解放したことが認められ、以上認定事実に本件記録にあらわれた被告の過失の程度、原告の年令、仲義己との親子関係、被告の営業その他諸事情を考慮すれば、被告の違法差押により原告の名誉心が毀損された精神的損害を慰藉するには、金一〇万円をもって相当と認める。

四、しからば、被告は原告に対し慰藉料金一〇万円およびこれに対する不法行為後である昭和四二年七月二〇日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右認定の限度で相当と認めるも、その余は失当として棄却すべきである。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

〈以下省略〉

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